ジュース屋さんは朝が早い
きったり、むいたり、しぼったり
「日本一うまいやきそば」とは??気になってしょうがないこのうたい文句。押しの強い店主が出てくると思い意気込んで足を踏み入れたが、それとは対照的な朗らかな可愛らしい奥さんが出迎えてくれた。早速渦中の焼きそば玉子入を注文。ほどなく厨房からそばが踊るいい音が。この焼きそば、ベストな味で提供するために一度に調理できるのは2玉までだそうで、ランチピーク時は待ち時間が出るほど。そこまでして皆が食べたいとは、期待が高まる。そしていざ実食。ふわぷる玉子とご主人特製ブレンドのソースが染みたそばと具たちが、つかずはなれずの絶妙なバランスだ。麺は、もちもちとはまた別の独特の弾力感。キャベツも美味しいからつい沢山入れたくなるが、水分が出すぎると麺を殺すので微調整を重ねた分量。昨今の流れに合わせ、トッピングメニューを作ってみてはとアドバイスもされるが、黄金率を崩すので却下。商売っ気はないが、「主役のそばを美味しく食べて欲しい」一心でやってきた30数年、確かなもの胸にある。
そもそもなぜこのようなキャッチフレーズをデカデカと掲げるようになったかというと、改築を機にお店の売りを大阪らしくコテコテにアピールしようとなり、創業当時から定評のあった焼きそばに白羽の矢が立ったのだ。
また、喫茶店だけにサイフォンで淹れてくれるコーヒーも趣があって美味だ。「サイフォンは手入れが大変だけど、格好良くて好きだから」大人に憧れていた青年時代の目の光をご主人は持ち続けている。それに当初はかなり画期的だった漫画コーナーも他に先駆けて設置、今では随分バラエティ豊かな本棚になった。ふらっと来て自分なりの時間の過ごし方を皆さん楽しんでいる様子。
たまに「日本二くらいかな」とつっこまれるが、そこは「ウソでした」と茶目っ気たっぷりにお詫びする。「何が美味しいかは人それぞれ」と語る奥さんは外壁の大胆さとはほど遠いが、当たり前だけど忘れられがちな物事の真髄を聞かされた気分になった。決して自分の感覚を押し付けはしないが、「自分たちが”美味しい”と思う味を、”美味しく”食べてほしい」と、時には腱鞘炎に悩まされながらもただただそばを焼き続けたその気持ちは静かに強い。終始一貫した思いを体現したこの焼きそばは、この上なくシンプルで、日本一素直な味であるのではないか。
なにかと評価や意見が問われ複雑なこの世の中で、こういうものこそ強いのかもしれない。
取材・文・写真/後藤 真悠子