ジュース屋さんは朝が早い
きったり、むいたり、しぼったり
大阪市内を歩いていると、意外と古い建物が現役で働いていることに気づく。けれど、日本最古の現役RC(鉄筋コンクリート)造集合住宅が実は都島にあるということを知っている人は意外と少ないのかもしれない。その建物はトヨクニ・ハウス、1932年生まれ。築当時は意匠を凝らしたハイカラな高級賃貸物件として憧れの的だった。現在は6棟中4棟だけが生き残り、町の一色としてひっそり佇んでいる。そんな酸いも甘いも知り尽くしたこの大先輩の懐に、昨年ぽっと飛び込んできた母娘がいる。
トヨクニ・ハウスとお揃いの「トヨクニ・コーヒー」の看板は、まるでずっとそこにいたかのように、違和感なく年輪を感じる壁にこじんまりとぶら下がっている。小さな庭を渡り扉を開くと、モダンな丸窓がお出迎え。靴を脱いで、思わず「お邪魔します」と言い、畳に座るともうそこは懐かしい知人の家。押し入れには、誰かさんの思い出が並んでいる。そして時間を忘れ、随所に散りばめられた当時の職人の技を発見する楽しみに耽る。
ふと、甘くて香ばしい匂いが鼻を誘ってきたので、それを辿り台所をのぞいてみるとそこにはコーヒー豆の焙煎機が。そうか、ここはお店だったと我に返る。
ネーム入りスリッパは、つい履きたくなるけど畳に座りたいし…楽しく迷える
もともと人を招いておもてなしの一杯を呈するのが趣味だった、大のコーヒー好きのオーナー。そんな彼女が少量焙煎し、注文ごとに挽くコーヒーは、しっかり香るのにすっと口の中にすべり込み、ビター党、アメリカン党どちらにも支持される絶妙なさじ加減。
お腹を空かせた人にはごぼうと海苔のうま味・香りが仲良く挟まった、「ごはん」と呼びたくなるサンドを。4人兄弟の一番上で幼い頃からお菓子作りをしてきた娘さん特製ケーキは、どれも家庭的で安心する味。
今後は注文焙煎を始めたり、玄関横の窓をテイクアウトコーナーにする予定。「トヨクニにちょっと寄ってこか」という声が増えそうだ。
上:コーヒーとケーキ、やっぱり外せない 下:しっかり噛んで味わいたいサンド
トヨクニ・コーヒーを訪れるのは、「あそこにお店ができた」と親しみを持って玄関をくぐる人、回想療法よろしく突然地域の思い出を語り始めた元住民のおばあちゃん、休憩をしたいビジネスマン、妊婦さんがお母さんになって帰ってきたりと、様々。週末は寄席や読み聞かせ会を開いたりと、町のシンボルにやってきた新顔は、もうすっかり町の憩いの場として受け入れられている。
七夕の短冊を阿吽の呼吸でこしらえながら、話を聞かせてくれた仲良し母娘。帰り際に、庭先の紫陽花をおすそ分けしてもらった。また「お邪魔」しにいかなきゃと、私の心の片隅にも暖かい思い出が咲いた。
上:ミシン台のお一人様席も案外落ち着く 下:ロゴはこの字体をなぞらえた
万博ガイドブックに見覚えのある絵本、古いカメラ…ついつい長居の特等席
自家焙煎コーヒー 450円〜、のりトースト鶏ごぼうサラダサンド版 580円、ベイクドチーズケーキ 400円、ガトーショコラ 380円
※玄関先まで
取材・文・写真/後藤 真悠子