ジュース屋さんは朝が早い
きったり、むいたり、しぼったり
ちょっとゆっくりあの人とお話したい。美味しいお菓子をもらった。仕事を終えてほっと一息。…そんな時にペットボトルのお茶よりも美味しいお茶、誰かが淹れてくれたり誰かの為に淹れてあげたり、そんなお茶のほうがもっと嬉しいし、心がじんわりあったかくなる。
そんな、寛ぎをもたらしてくれる美味しいお茶と茶葉を懇ろに使った甘味をいただける茶寮が、喫茶文化発祥の地・堺にある。紀州街道に面する町家の暖簾をひとたびくぐると、なんともいえないお茶の甘くていい香り。堺漆喰の鼠色とも薄紫とも付かない不思議な色の壁、古くからの構造を活かした時を感じる空間、たおやかな客あしらい…その全てが私達をもてなしてくれている。
ここでいま期間限定で味わえるのが「水出し碾茶(てんちゃ)」。お茶屋だからこそ入手できる抹茶の元になる、石臼で挽く前の茶葉を水出しし、堺の偉大な先人・千利休に倣い徳利を茶器に見立てている。そして複数人のお客の場合はお猪口の数を聞いてくれるのだが、これは「どうぞどうぞ」のお酒文化みたく酌み交わしてほしいという粋な計らいなのだ。
上:目にも楽しい水出し碾茶 下:日の当たり方により色が変化する堺漆喰の壁にはこの町家の歴史を物語る格子窓が
職人さんが汗水流して火入れしたお茶を使った甘味は、その努力に敬意を払い、合わせる餡などもほぼ全て自家製・無添加。お茶を生かすことが大前提なので、商品開発に2年を要すのは当たり前。どうしても添加物が必要な事態になったら、その商品企画自体を諦めるほど。作る人、食べる人、それぞれの顔を思い浮かべながらの開発はシンプルだが容易な道ではない。
そんなこだわりの結晶のひとつがかき氷。このためだけに熟成させた抹茶を最大限に使ったかき氷はそれまでの抹茶かき氷のイメージを覆すような深みのある味。この味こそがつぼ市らしさで、この旨味はどのお茶にも感じることが出来る。粗めかつ口解けの良い氷は刀司(とうじ)さんに特注した刃を使っているから。堺らしさがここにもある。
内部を剥き出しにした壁やそのままの梁、建具からかつての息吹が垣間見える
話を聞いていてひしひしと感じたのが、茶葉ひとつひとつを大切にし、わが子を想う様なお茶への愛。そこには誤魔化しなど一切なく、戦火に唯一堕ちなかった「茶」の看板を背負い続ける使命を全うしようという一族の強い意志を感じる。その看板には自分達の歴史だけでなく、お茶を喫す文化と愛すべき堺の町、全てへの想いが染み込んでいる。
「お菓子が要らない」と言われるほど豊かな香りと旨味のつぼ市のお茶は、一度飲むと忘れられない味。それは、どうやって飲んでもらうか考える役、作る役、淹れる役それぞれの役目を担った走者が真っ直ぐひたむきにバトンを繋いで私達の口元に運んでくれた味。160余年越しの味と気持ちを伝えるリレーはまだまだ続く。
絶妙なバランスで盛られているかき氷は夢中になる美味しさ。【利休抹茶金時】
上:最大限の比率で抹茶を練りこんだ餡が自慢の利休餅と抹茶のセット
下:二階の特別室にはつぼ市の精神が詰まっている看板がひっそりと見守っている
煎茶(冷)〜特選 利休の詩〜 500円、水出し碾茶 860円、利休抹茶金時 796円、堺利休餅(抹茶セット)800円
取材・文・写真/後藤 真悠子