おもしろい人、ものが集まって
コラボレーションする。
それがアートの新しいカタチ。
東日本大震災を機に価値観が変わった。
約400度の熱風がでる工業用ドライヤーを自由自在に動かし、温めながら手で曲げていく。あつあつになったレコードを、少しずつ、少しずつ、調整しながら、くねくねっと曲げていく。「レコード曲げ屋」の彼のアトリエには、ぎっしりと整頓された曲げ作品が並び、その器用な変幻ぶりに目と頭が追いつかない。飲食業、宝飾職人、靴修理屋などを経て、自分の好きな古いもの、ジャンクなもののお店をしようと思い、古物商として雑貨屋さんを始めた。そのころ、商品の仕入れをする場所にいつもあったのが、もう使えなくなってしまった、キズ盤のレコードたち。音楽をやっていた彼にとっていつも当たり前に触れていたレコードをどうにかできないかと思い、作品にしてみようと思った。時計、ペン立て、ティッシュカバーのような雑貨から、蝶ネクタイ、ハットピンなどのアクセサリーなど、曲げたり、ときには削ったり、あらゆる加工でなんでも作ってしまう。モノがあふれているこの時代に、人の心に届くものを作るのは簡単ではない。9年前、彼によって実験的に生み出された「レコード曲げ屋」、「レコード雑貨」というジャンルは、「人の心に届くもの」から「人の心を寄せ付けるもの」になっているようにみえた。
うちわの作成中。日本の文化であるうちわには日本製レコードを使っている。
曲げ屋を始めてまだ1年目だった頃、1番大事にしていた大好きなバンドのレコードを身につけられるカタチにしてほしいと依頼を受けた。それに応えるために作ったのは、レコードを細かくビーズにしたネックレス。レコード→ビーズ→ネックレス・・・それはきっとその後、レコードが変幻を遂げていく序章だったのだろう。またあるときは、廃業した旅館の息子さんがそこで使われていた古い振り子時計を持ち込んできた。時計に刻まれた昔の思い出もぜんぶ乗せて、その場所をもう一度食堂として生まれ変わらせたいと願い、依頼をした。職人の繊細な仕事によって文字盤だったころの数字はレコードにそのままのカタチで彫り直され、新たに「再生」された振り子時計は旅館の「再生」と共に新しい思い出を刻み始めた。
上:蝶ネクタイとハットピン。細かい仕事が際立つ。
下:着物デザイナーさんから発注を受けた着物用アクセサリー、曲がる前。
新しい作品は何度も試作をしながら生み出していく。一度生み出された作品も、作るたびに改良を加え更新していく。レコードの素材は基本的に塩化ビニール。「手曲げ」で作品を作る彼にとって、扱いやすい素材とは言えない。生産国や年代によっても加工しずらいものや、どうにもならないものもあるそう。レコードを素材にしようとしている人は世の中にそんなにはいないだろう。きっと、世の中がレコード素材を必須とはしていないから。それは逆に言えば、誰もみたことのないものがまだまだ生み出せるということでもある。人とつながることによって、新たな作品が生まれると考える彼。広がりえないこの特殊な素材に、彼の手を通したいと、集まってくる人たちがたくさんいる。そしてその曲がることはない繊細な職人技でこの先もずっと再生されていく。
上:真っ赤なランプシェードは、LED電球の普及とともにできたもの。
下:「箔押し」技法で印字された「Strange Stretch Records」。
アトリエに入ると出迎えてくれるティッシュカバーたち。レコードのフォルムがとてもきれい。
取材・文・写真/荒川 純子